古きを知って持続可能な未来を計画する

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古きを知って持続可能な未来を計画する
無理のない自分つくり、組織作りの考え方

“ 古きをしって未来を組み立てる ”

自分の故郷のお勉強をしてきました。

『温故知新』当たり前のように使ってきた言葉ですが
自分の軸を作るうえでは書かせない考え方だと思います。

とくにコロナや世界情勢、シンギュラリティなど生きることの概念がぐりんぐりん
動かされている中では自分の軸を作るために
この人に聞いておけば解決するという人材はいなくなったと思っています。

人生の先輩は生きてきた時間軸が違う
親も迷ってる
こどもは自分の写し鏡
同世代は探り合い
有料サービスはあくまでビジネスであること
ネットは情報過多(壊れます)

 

どの世代からも情報は得られますがそれらを自分でアッセンブリしないといけません。
私自身も昨年から様々な方と壁打ちやお説教をいただき徐々に整いつつありますが私自身幸いなことに生まれてから今まで(41年)流山市に住民票をおいてます。
その流山市を知ることは私自身の道しるべになることは間違いありません。

お恥ずかしながら… それを今までしておらず…
この年になってようやく流山市の誕生を自身の生前からを学びました。

 

私は流山市の3世となるのでしょうか。
母方の祖父母が東京からのベットタウンとして江戸川台という開発地区に移住してまいりました。
当時都庁に勤めてましたのでこの江戸川台から東京に通っていたわけです。
当時は高度経済成長期でしたのでどんちゃん騒ぎしてタクシー帰りが当たり前とか…

そんなかつて働き世代で栄えた江戸川台も少子高齢化が進み現在はかつて賑わっていた
駅前商店街もシャッター通りになってしまってます。

※流山市立博物館資料 空から見る江戸川台方面【昭和40年(1965)11月】

私はノスタルジックなこの町が好きですが
そんな私も今はにわかに流山おおたかの森という新しい街に移住してます。

ここにはつくばエクスプレスという新しい路線ができた乗り換え駅なのですが
町開発も上手でものすごい働き世代の移住がすすんでおります。
働き手や子供が増え地価も上がり
まるでかつての江戸川台のような賑わいです。

しかし急に増えたものは急に減る…

今や住んでいるこの町を江戸川台を再現にするのは愚策すぎます。
市政に任せすぎるのではなく自ら積極的に自分の町の価値を高める必要があります。

しかし私はビジネスマンです。(令和6年2月現在、空前絶後灯火ですが)
取り組みに付加価値をつけるには
ビジネスマンとして利益を大事にしないといけません。
しかし利益を第一ではありません。
ビジネスマンであり法人として健全でいるためには
持続可能な利益を得つつ、
信頼関係のある社員の雇用を安定化し、
お客様に長く安定したサービスを提供する半永久機関の構築を目指さないといけません。

バーチャルな世界以外のほぼすべてにおいて有限であることが分かった今
持続可能であることが最優先であります。

持続可能な会社目指すためには
地域の長い歴史を勉強することが大変参考になります。

リモートワーク、バーチャルワールドだけで人間は生きていけません。

土地、土地の人、コミュニティ、 道、川などの自然 食べ物飲み物
これらと親和性を持つことは健全な会社経営とは無縁ではないのです。

持続可能な会社組織作りのご相談
おおたかの森ファーム(https://otakanomorifirm.com/contact/)までご連絡ください

須賀 孝太郎
おおたかの森ファーム 代表取締役
東京工業大学工学部を卒業後、工業デザイン事務所にてデザイン業務を経て、家業である税理士事務所に入社。そのノウハウを生かし経営コンサルティング おおたかの森ファーム株式会社 を設立。ボクシング好きの三児の父。
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