
飯能市
「この人、武士だな」
そう思う瞬間って、派手な場面じゃない。
むしろ逆で、静かな場面で急に来る。
誰も見てないところで、誰も頼んでないことを、誰にも褒められない形で、
淡々とやっている。
で、本人は笑いながら言う。
「まあ、仕方ないっすよね」
飯能市に腰を下ろし「🔗やまね酒造」を営んでいる若林 福成(わかばやし ふくなり)さん。
地元出身じゃない。
でも地元の人以上に、飯能市に人生を差し出しているように見える。
この“矛盾”こそが、令和の武士っぽさの正体だと思う。
武士は「所属」じゃなく「腹を括る」
地元の人は、地元に“いる”。当たり前に、そこに住んでいる。
でも外から来た人は違う。
選ぶ。決める。腹を括る。
飯能は、東京から近いようで、ちゃんと別世界だ。
森がある。川がある。木がある。

でも、だからこそ簡単に壊れる。
観光で来たら「いいね」で終わる。
でも住むとなると、話が変わる。
- 仕事を自分で作らないといけない
- 人間関係も自分で編む
- 地域の歴史や地権者や文化の“地雷”も踏む
- 自然相手の理不尽も毎日来る
この条件で、外から来た人が地域に根付くのは、普通は相当しんどい。
なのに、若林さんは“根付く”どころじゃない。
献上している。
自分の人生のかなりの部分を、飯能に寄せている。
「地元じゃないのに、地元以上」はなぜ起きるのか
構造はシンプルだ。
地元出身者の愛着は「空気」。
移住者の愛着は「決断」。
地元の人は、良くも悪くも“当たり前”が多い。
当たり前は、感謝になりづらい。
一方、外から来た人は比較対象がある。
失われた風景も知っている。
都市の速度も知っている。
だから言える。
「これ、残さないと終わるよね」
この視点を持つ人は、地域で異様に強い。
しかも若林さんの場合、その強さが口先じゃない。
酒造りも、木桶も、森も、ヤマネも、全部“生き方”として繋がっている。

令和の武士は「見えない敵」と戦っている
彼の敵は、人じゃない。
- 効率
- 短期の経済合理性む
- 「数字にならないものは価値がない」という空気
- 自然を資源としてだけ扱う感覚
- “仕方ない”が蔓延する停滞
人格がないから、倒せない。
謝らないから、終わらない。
だから疲れる。
でも彼はそこに、自我で突っ込む。
ただし自分勝手じゃない。
自我の方向が「自分の得」ではなく、
「飯能に残したいもの」に向いている。
だから周りはついていく。
常識を壊すけれど、壊す方向が未来側だから。
木桶の前で、武士の正体が見える
蔵に入る。木桶が並ぶ。
「うちのお酒、全部この木桶です」
飯能産の西川材。
地元の木で作った発酵容器。

ここまでは“こだわり”に聞こえる。
でも次の一言で、世界が変わる。
「塩素系の薬品、一切使えないんですよ」
普通はここで折れる。
効率が悪い。衛生管理が大変。リスクが上がる。
でも彼は淡々と言う。
「煮沸か、天日干しですね」
雪の日でも外に干す。
太陽の向きに合わせて、一時間に一回桶の向きを変える。
太陽に殺菌してもらう。
そして、さらっとこう言う。
「だって、菌も生き物ですから」
ここが武士。
現代人が「管理」したがるところを、
彼は「委ねる」。
委ねた上で、必要な手間は全部引き受ける。
これが腹を括るということ。
目的地は「酒」じゃなく「飯能」だった
誰かが聞く。
「ヤマネとの関係って何なんですか?」
彼は答える。
「ヤマネが住んでる森から取ってきた木で木桶作ってますから」
森 → 木 → 桶 → 酒 → 木 → 森
循環を作っている。
そして言う。
「飲んでもらえば飲んでもらうほど、ヤマネを感じてもらって、森にアクセスして、保全に昇華できる」
つまり彼は、酒蔵をやっているようでいて、
飯能への入口(ゲート)を作っている。
酒はコンテンツ。
本命は森と生き物と文化の継承。
ここまで来ると、
「俺が酒蔵をやっている」じゃなくて、
「飯能の森が、俺に酒蔵をやらせている」
そんな感覚に近い。
報酬より、ヤマネへの投資を選ぶ。嫁に怒られる。山を買う。
彼がぽつりと言う。
「ヤマネの保全は、すぐに回収できるものじゃないんですよね」
短期の報酬よりも、森への投資を優先しているだけ。
回収フェーズではなく、仕込みフェーズ。
「嫁には怒られてますよ」
笑いが起きる。
でも次がもっと強い。
「最近、山買っちゃったり。茅葺きの家も買って、調査拠点作ったり」
言葉だけじゃない。
時間も、資産も、労力も、森側に寄せている。
これは自己犠牲ではない。
価値の順番の再設計。
先に森を残す。
経済は後から設計する。
この順番を守れる人は、強い。

令和の武士は、領地を選び、献上し、仕込む
若林福成という人は、たぶんこう生きている。
- 飯能という“領地”を自分で選んだ
- 選んだ瞬間から、人生の一部を献上した
- 見えない敵(効率・短期合理性・停滞)と戦い続ける
- 武器は刀じゃなく、木桶と菌と森と酒
- 戦いは叫ばない。淡々と仕込む
刀は抜かない。
でも背中が、戦っている人。
令和に、こういう武士がいる。
地元じゃないのに、誰よりも飯能に腹を括った男。
若林福成。
たぶん本人は、武士だなんて思っていない。
でも、森はきっと知っている。



